公開日:2025年10月23日

「アール・デコとモード」展(三菱一号館美術館)レポート。100年前のファッションに起こった革命を"現代性"をキーワードにひもとく

現代にもつながるアール・デコのモードを同時代の芸術や写真とともに展示。会期は2026年1月25日まで。

会場風景

アール・デコ期のファッションをひもとく

東京・丸の内に位置する三菱一号館美術館では、「アール・デコとモード 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に」が開催される。会期は10月11日〜2026年1月25日。担当は同館主任学芸員の阿佐美淑子、京都服飾文化研究財団キュレーターの筒井直子

会場風景

本展は、20世紀初頭にパリを中心に広がったファッションスタイル(パリ・モード)を、同時代の装飾様式であるアール・デコとの関係から紹介する展覧会。世界でも有数の服飾アーカイヴを所蔵する京都服飾文化研究財団(KCI)の貴重なコレクションと、国内外から集められた絵画、版画、工芸品などを合わせた約300点の作品を通じて、現代のファッションブランドにも影響を及ぼした、約100年前のモードをひもといていく。

会場風景より、アール・デコのデザインに影響を受けたバレンシアガ、マーク・ジェイコブス、プラダ、グッチほかのコレクションピース

ポワレ、シャネルはなぜ時代の寵児なのか?

まずはこの展覧会をより楽しんでもらえるように、すこし脱線して当時の時代背景について軽く触れたい。

19世紀末から20世紀初めにかけてのフランスでは、コルセットによって女性の胸を強調し、腰を突き出させる「S字型シルエット」が理想的なスタイルとして大流行していた。着用者のウエストは不自然なまでに細く締めあげられ、数々の健康被害が報告されたほか、最悪の場合は肋骨が内臓に刺さり命を落としてしまうこともあったという。

会場風景

このようなスタイルの流行にはいまも様々な見解が存在するが、すでに細かい着こなしによってセルフイメージを自在に調整することができた男性服に比べれば、当時の女性服は規範的な性格が強かったと言える。しかし、1920年代に入って女性の活動範囲が広がったことや、メディア、前衛芸術などの後押しもあり、女性はようやく自然な身体のフォルムを公共の場であらわすことができるようになる。

会場風景より、ポール・ポワレの作品

こうした変化は、アール・デコ期の機能と装飾を兼ね備えたデザインや、有機的かつ幾何学的な造形感覚の誕生と歩調を合わせている。コルセットを廃した直線的なドレスをはじめて打ち出したポール・ポワレや、動きやすい男性服の要素を取り入れながら女性の新たな魅力を追求したガブリエル・シャネルなど、本展で紹介されるデザイナーがいまなお評価される理由のひとつには、こうした背景があるのだ。

会場風景より、《ポストカード(キュロットスカートをはいた女性たち)》(1911頃)

各章の見どころ

ここからは本展の構成と見どころを、各章ごとに紹介したい。

序章「アール・デコ — 現代モードの萌芽」では、アール・デコの様式が花開いた20年代の衣服を中心に、同時期のファッションの特徴を把握することができる。動きやすさを考えた素材や短くなったスカートの丈は、前時代と比べてはるかに活動的になった女性の需要を満たし、やがて現代のモードにおける礎を築くまでにいたる。

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1章「モードの変化と新しい身体観」では、「S字型シルエット」の時代に作られたドレスと、それ以降の衣服を見比べることができる。こうした新しいスタイルの誕生とともに生まれたのが、現在のブラジャーやランジェリーの原型だ。KCIはもともと下着メーカーのワコールが全面的に支援して誕生した機関であり、コレクションのルーツを感じるセクションとも言える。

会場風景より、左側はテディと呼ばれるランジェリーの一種
会場風景より、左からアンリ・ド・トゥルーズ=ロートレック「コルセットの女—束の間の制服」、「髪を梳(くしけず)る女たち」、版画集『彼女たち』より(1896)

また、そのような衣服と並んで展示されているジャクリーヌ・マルヴァルの絵画は、本展においてぜひ注目してほしい作品のひとつ。マルヴァルはアンリ・マティスをはじめとする当時の先鋭的な作家と交流があった女性作家であるが、フランスでは数十年にわたってその存在を忘れ去られていた。独自の色彩感覚や抽象的な人物の描き方は、ファッションの世界における新しい動向を先取りしているかのようだ。

会場風景より、右側の絵画作品はジャクリーヌ・マルヴァル 《ヴァーツラフ・ニジンスキーとタマラ・カルサヴィナ》(1910頃)

2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」では1925年に開催された「アール・デコ博」の資料、そして当時の服飾産業の隆盛を加速させた芸術家とデザイナーによるコラボレーションの数々が紹介されている。

会場風景
会場風景より、画家・ファッションデザイナーとして活躍したソニア・ドローネーの作品

10月10日に行われた記者会見でキュレーターの筒井は、フランスの美術史家、アンリ・クルーゾの言葉を引用しながら本展の見どころを次のように語る。

「クルーゾは、1925年に開催されたアール・デコ博を紹介する記事の中で『衣服は装飾芸術と言えるだろうか? もちろん疑いなく、他のすべての芸術をひきつけてきた芸術である。また、驚きと斬新さを基盤としているため、もっとも現代性に寄与した芸術だ』と語っています。

100年の時を経て会場に展示されている作品をご覧になると、それらがいまなお色褪せず、新しい輝きを放っていることに気づくはずです。本展ではフランス・モードにおける素晴らしい手業の数々、そして現代性に注目していただきたいと思います」(筒井)

会場風景
会場風景より、「ヒール」(1925頃)

3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」は、ガブリエル・シャネルジャンヌ・ランバンマドレーヌ・ヴィオネという3名のクチュリエに注目する。ランバンは娘のために作った子供服を創造源に、母と娘のための衣服で注目を集め、ヴィオネはバイアス・カットという技法を駆使したドレスを生み出した。

会場風景より、ガブリエル・シャネルのドレスほか
会場風景より、マドレーヌ・ヴィオネのドレス

つづく4章「異国趣味とその素材」では、博覧会の隆盛と帝国主義を背景に、アジアやアフリカから輸入された品々を創造源にした衣服と、当時西洋で流行していた漆器作品などが展示される。

会場風景
会場風景

5章「アクティブな女性たち」で紹介されるのは、鉄道や自動車で自由に外出をするようになった女性たちが所持していた小物類だ。

会場風景
会場風景

ショートカットのヘアスタイルに合うように作られたつばのない帽子、動きやすい膝丈のスカート、貴石で彩られた機能的な腕時計、自立した女性の象徴であった喫煙具、外出先での化粧直しに適したコンパクトなリップスティック。前時代の規範的なスタイルから解放され、自身のユニークな個性や複雑な内面を表現することが可能になった女性たちにとって、それらはどんなに輝いて見えただろうか。

会場風景
会場風景

また、余暇から競技まで人びとの間に広く浸透していったスポーツも、新しい身体観に大きな影響を及ぼした。6章「新しい身体表現とスポーツ」では、フランスでベストセラーになった小説に由来する「ギャルソンヌ」という少年のようなスタイルが紹介され、若々しく活発な女性像の誕生が示される。

会場風景
会場風景

ファッションへの歴史的視点がもたらす、もうひとつの「現代性」

「アール・デコ博」前後の数十年間は、女性服の世界においてもっとも重要な変化が起こった時期だ。その変化はけっして一過性のきまぐれではなく、当時の(装飾)芸術の動向や、社会的背景、ジェンダーへの意識が相互に影響しあいながらひとつのかたちとして結実した。こうした歴史的視点もまたひとつの「現代性」であり、そのことを意識しながら本展に展示されている衣服や絵画を見ると、100年前のファッションはいまを生きる私たちの抱える問題ともつながってくる。

会場風景

たとえば本展で「異国趣味」として紹介されるような作品がアジアやアフリカの文化を「盗用」していた歴史や、6章で展示されているルヴュ・ネーグル(パリを拠点に活動したアメリカ系黒人の演芸団)のポスターにおけるジェンダー表象は、現代においてはけっして肯定的にのみとらえられるものではない。帝国主義時代のモードが奪ってきたものや、そのなかで女性性がどう扱われてきたかは、わたしたちが現在進行形で考えたいトピックだ。

会場風景

このように、ファッションはほかのあらゆるものと同様にその時代の技術的・倫理的制約から逃れられないし、遺されたものの背景にはつねに複数の歴史がある。それらを省みながら鑑賞すると、アール・デコやファッションに対する違った見方もできるはずだ。

他者からの視点が交錯し、自分の身体がどこにあるのかも分からなくなってしまうような現代社会において、約100年前に女性服にもたらされた多様性は、自己主張というファッションの本質的な喜びを呼び起こす。

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン