「女子美術大学創立125周年記念展 この世界に生きること」(スパイラルガーデン)会場風景 手前:サエボーグ《I WAS MADE FOR LOVING YOU》(2025、再構成) 奥:飯山由貴《なざし なのり なづけ》(2025)、繁殖する庭プロジェクト(小宮りさ麻吏奈+鈴木千尋)《繁殖する庭》(2025、再構成) 写真:宮澤響(株式会社コグワークス)
(A)「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」(東京国立近代美術館)
(B)「150年」(東池袋)
(C)「女子美術大学創立125周年記念展 この世界に生きること」(スパイラル)
(A)終戦から80年が経ち、戦争体験者はますます少なくなり、家族の中にも直接の語り手がいない状況がある。本展は、残された戦争記録画を通して考え、次の世代へ継承するために開催された。これほど多くの記録画が残され、こうして一堂に会して見ることができるのは、本当に貴重な機会だった。
会場には戦時下のプロパガンダ画や、敗戦直後の街並みを写した絵画、復興期の庶民の暮らしを描いた作品が並ぶ。それらをひとつずつ見ていくと、知らなかった誰かの生活が見える。戦争や昭和期を直接知らない世代として(私だけでなく、会場にいたほとんどが)、自分の時間と歴史の時間を重ね合わせ、過去の断片を通して知らなかった人生と、いまを生きる自分とを静かに交錯させていったのではないか。
何より、これらの記録画が「残っている」こと、そして誰もが見ることのできる「展覧会」というかたちで公開されていることに、展覧会という形式の可能性を強く感じた。芸術はかつて戦争へ人々を駆り立てたこともあるが、その両義性を踏まえ、未来の平和を考え、記憶を次世代へつなぐために、この記録画が存在し続けていること。それを知ることができたことは大きい。

(B)取り壊しを控えた6棟の建物には、かつての住人の生活の痕跡がそのまま残り、都市が日々を更新するなかでこぼれ落としてきた時間が、剥き出しのまま息づいていた。しかし、ここがたんなるノスタルジックな空間にとどまらなかったのは、作品が置かれ、見る者に開かれていたからだ。
なかでも印象深いのが、島田清夏の《花》。流し台や洗濯機が残る生活空間を進むと、暗闇に大きな「花」の字が浮かび上がる。百歳まで生きた祖母が晩年に練習した文字を、花火によって蘇らせる。祖母が書いた線の震えが火によって焦げ跡となり、蛍光塗料に反射してゆっくりと浮かび上がる様子は、記憶そのものが一度燃やされ、別のかたちに変わって現れるようでもあった。西洋で祝祭の象徴とされる花火が、日本では追悼や鎮魂の灯りとして親しまれることを思い出した。消えゆく建物の中で、亡き祖母の記憶をそっと灯し直す行為は、失われつつある都市の時間とも静かに響き合っていた。
作品がそこにあることで、家は閉じた私的空間ではなくなり、世界とゆるやかにつながる思考の窓口へと変わる展覧会だった。


(C)1900年、男性しか入れなかった美術教育の世界に対抗するかたちで生まれた女子美術大学は、今年125周年を迎えた。記念展「この世界に生きること」は、その長い歴史を祝うというより、むしろ“いま”この社会で女性が、美術が、生きるとはどういうことかを静かに問い返す展覧会だった。
会場となったのは、ワコールが設立・運営してきたスパイラルガーデン。私たちの生活や身体を長く支えてきた企業が文化施設を持っているという事実自体に、どこかグッとくるものがある。この場所で、選ばれた3組のアーティストは、身体や性、社会のなかの違和感、声にならなかった経験をそれぞれのかたちで掬い上げていた。かつて女性だけが美術を学ぶ場として開かれた女子美術大学のはじまりと、いま「女性」という枠組みそのものが問い直されている現状のふたつが、無理なく重なって見えてくる。
このような時代に、世界にも稀に見る「女性のための」美術大学の指針、そこで学ぶこと、表現することの意味をあらためて考える場が開かれていること自体が、ひとつの希望に思えた。

*年末特集「2025年回顧+2026年展望」は随時更新。
「2025年ベスト展覧会」
▶︎五十嵐太郎
▶︎平芳裕子
▶︎和田彩花
▶︎能勢陽子
▶︎鷲田めるろ
▶︎鈴木萌夏
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▶︎小川敦生
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▶︎番外編:Tokyo Art Beat編集部
Moeka Suzuki
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