公開日:2026年4月18日

「見えないもの」が宿る場所:バンコク初の国際現代美術館「Dib Bangkok(ディブ・バンコク)」開館レポート

タイ・バンコクに「Dib Bangkok(ディブ・バンコク)」が2025年12月に開館し、想定の3倍もの来館者が訪れる新たなデスティネーションとなっている。館長・アーティスティック・ディレクターの手塚美和子、キュレーターのアリアナ・チャイヴァラノンへのインタビューもふくめ、タイ初の国際現代美術館としての位置づけをレポートする

想定の3倍の来場者が訪れる、バンコクの新たなデスティネーション

バンコク、スクンビット通り40番路地。1980年代の倉庫を改装した館が、タイ初の国際現代美術館として国内外に向けて存在感を放っている。2025年12月21日に開館したDib Bangkok(ディブ・バンコク)は、コレクターの故ペッチ・オサタヌグラの30年来の夢が、その息子チャン(プラット・オサタヌグラ)の手によって実現した美術館だ。

Subodh Gupta Incubate 2010 スボート・グプタによる彫刻インスタレーション。ステンレスの食器や日用品に覆われた卵型のオブジェが積み重なり、シャンデリアの光を浴びる


オープニング展覧会「(In)visible Presence / ล่องไม่เห็น」では、モンティエン・ブンマー、ジェームズ・タレル、アンゼルム・キーファー、アリシャ・クワデほか40名の現代アーティストによる81点が展示されている。テーマは「見えない存在」——視覚を超えて人間の記憶と感覚に届くアート体験を追求した、バンコクらしい多感覚の旅だ。

Hugh Hayden Untitled Threshold (After Victor Horta After Charleston) 2019

ディレクター・手塚美和子が語る「なぜバンコクへ」

彼がなくなる直前に、一度来なさいって言われたんです。もう75%以上できているから、と

ディレクターの手塚美和子は、創設者ペッチとの最後のやりとりをこう振り返る。

ペッチとの出会いは、2012年に遡る。アジア・ソサエティー・ミュージアムのキュレーターとして香港センターのグランドオープニング展を手がけていた手塚は、アジアの古典美術と現代作家をつなぐ展示を構想していた。「必ず1人は東南アジアの作家を入れよう」、そう決めたとき、真っ先に頭に浮かんだのがタイ出身のアーティスト、モンティエン・ブンマーだった。彼の作品の所蔵先を探すうちに、ペッチ・オサタヌグラという個人コレクターの存在に行き着いた。

モンティエン・ブンマー Lotus Sound 1992/1999–2000

Montien Boonma Lotus Sound 1992/1999–2000

最初は何者なのか全然わからなくて。タイの方はラストネームが長いので、"ミスター・オー"みたいな感じで紹介されて」と手塚は笑う。なかなか返事の来ないままメールを送り続け、ようやく連絡がつくと、ペッチは大喜びで《蓮の音》の貸し出しを承諾した。香港の展示会場で作品が設置された瞬間が、二人の出会いだ。

そこからの縁は、ゆるやかに長く続いた。アートフェアの場でばったり顔を合わせたり、日本のアーティストの話が出るとテキストが届いたりした。その間ずっと、ペッチは「バンコクに自分の美術館を建てる」と言い続けていた。そして建設の進捗報告が届くたびに、担当する建築家の名前が変わっていった。

最初はコンセプチュアルなフランス人建築家、次はタイのローカル事務所——紆余曲折を経て、ある時「SANAAでほとんどデザインが完成する」という知らせが届いた。妹島和世と西沢立衛による日本人ユニットの名前に、「そうなんだ、いけるのかな、と思ってたんですけど」。しかし結局、クラパット・ヤントラサーストに落ち着くまで、建築家は7組を数えた。「タイ出身で国際的に活躍している建築家が、タイ初のこのスケールの美術館をてがけるというのは非常に重要なことだし、ある意味で良いところに収まったと思う」と手塚は言う。

正式に館長職の声がかかったのは、ペッチが亡くなる直前のことだった。

彼と彼のご家族と、ペッチと親しくしているアーティストさんと集まって、どうしようかな、と真剣に考え始めたところで、いきなり亡くなってしまったんです

2023年、ペッチは美術館のオープンを見ることなく逝去する。30年来の夢が形になる直前のことだった。

彼の息子のチャンが後を継いでやるなら、実現するような気がするな、と思って

正式な返事をしたのは、チャンに再度声をかけてもらった後だった。「不思議な、不思議な縁で引き受けました」と手塚は語る。ニューヨーク生活に幕を引き、拠点をバンコクへ移した。

ペッチがかつて手塚に語っていた言葉がある。「スロー・ミュージアムでいたい。ツーリストをぎゅうぎゅうに押し込む形のスペースにはしたくない、みんながゆっくりメディテーションできるような場にしたい」と。予約制・入場者数制限というディブ・バンコクの運営方針は、この言葉から来ている。それでも、オープン後2ヶ月は想定の3倍もの来場者が訪れ、チームを驚かせた。「本当に嬉しい悲鳴でした」と手塚は笑う。

夜の中庭に立つ手塚美和子。背後にはアリシア・クワデの石球が浮かぶ

夜の中庭に立つ手塚美和子。背後にはアリシア・クワデの石球が浮かぶ。

3フロアで体験する「見えない存在」

展覧会《(In)visible Presence》の構成は、建物の構造そのものと対話している。「見えないもの」はフロアによって異なる顔を持つ。

1F——素材が変容する場所

イ・ブルの大型彫刻インスタレーション Willing To Be Vulnerable - Metalized Balloon V3, 2015/2019 。銀色の巨大な飛行船状の立体が1Fロングスパン・ギャラリーの天井から吊られ、モザイクタイルの床に映り込む

Marco Fusinato Constellations 2015-2025

マルコ・フジナート《Constellations》(2015–2025年)。来場者がバットを壁に向けて振ると、120デシベルの爆音とともに体が揺さぶられる。

ヒュー・ヘイデンの金属探知機を模した作品をくぐり抜けると、「安全とは何か」という問いが突き刺さる。

2F——記憶と夢が漂う場所

Somboon Homtienthong The Unheard Voice 1995

2Fの展示室。コンクリートの柱が残る空間に、タイ人作家と国際作家の作品が並置される。

赤い点描絵画と向き合う来場者。タイ現代美術の文脈と国際的な抽象表現が交差する。

タイの作家スンブン・ホムティエントンの《聞こえなかった声》(1995年)は、メー・サリアンからアーティストの手元まで旅してきた寺院の柱群。アピチャッポン・ウィーラセタクンの映像《Emerald / 翠玉》(2007年)は、廃ホテルのベッドに遠い夢を投影する。レベッカ・ホルンの《恋人たちのベッド》(1990年)は、蝶の羽が舞うシュールな夢の部屋だ。

3F——光と沈黙の頂点

アンゼルム・キーファー Der verlorene Buchstabe 2019

アンゼルム・キーファー《Der verlorene Buchstabe》(2019年)。鉄、木材、鉛、写真、樹脂製ひまわり——タイ初展示となる大型インスタレーション。

モンティエン・ブンマー《Zodiac Houses》(1998–1999年)。天球の星座をつなぐ鉄骨の構造物群が、3Fの白いキューブ空間に林立する。

アンゼルム・キーファーのタイ初展示となる大型インスタレーション《Der verlorene Buchstabe》(2019年)。そして3Fを締めるのが、モンティエン・ブンマーの回顧的な特集展示だ。生前最後の大作《Zodiac Houses》(1998–1999年)と、500個の鐘が完全な形で初めて展示された《蓮の音》(1992/1999–2000年)。鐘は鳴らされない。ただ、その沈黙の中に「音」が宿る。

屋外——光とかたちの実験場

ジェームズ・タレル《Straight Up》(2025)。タイ初制作となるスカイスペース。円形の開口部から空を見上げ、光の変容を体験する

![写真11] ジェームズ・タレル《Straight Up》(2025年)。タイ初制作となるスカイスペース。円形の開口部から空を見上げ、光の変容を体験する。

![写真7] 屋外テラスに置かれたピナリー・サンピタック《Breast Stupa Topiary》(2013年)のステンレス製彫刻群。背後にはショー・シブヤ《MEMORY》(2025年)の85メートルの壁面作品。

キュレーター・アリアナ・チャイヴァラノンが語る「なぜタイ、なぜ今」

作品のキャプションを見なければ、どれがタイ人作家の作品か分からないってお客さんに言われたんです。それが本当に嬉しかった

ハーバード・アート・ミュージアム、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アート、北京のUCCAなどで経験を積んだキュレーターのアリアナ・チャイヴァラノンは、そう語る。「タイのアーティストが国際的なレベルで制作しているということを、知らなかったとおっしゃる来場者が多い。そのこと自体が、この美術館がすでに成し遂げている成果だと思っています

この言葉の重さを測るには、このオープニング展がどれほど小さなチームで実現されたかを知る必要がある。チャイヴァラノンのキュレーショナルチームは彼女を含めてわずか3人——アシスタントキュレーターと、キュレーターフェローという布陣だ。「私が合流したのは2年前」と彼女は言う。開館から3ヶ月が経った頃、チームは全員でこう言い合ったという。「"We made it. We're alive."——やり遂げた、生き延びた、って(笑)」。前例のないことに挑んでいると分かっていたから、課題にぶつかるたびに学び、乗り越えていけた——と振り返る。

Nobuyoshi Araki Future 2015.11.14 - 2040.5.25

![写真3] 荒木経惟による写真インスタレーション。野坂昭如や、麿赤兒の姿も見つけられる

来場者の中には展示室で涙を流す人も少なくないという。「作品には、とても人間的な物語がある。戦争、愛する人の喪失、変わりゆく故郷と街。そのことが人々に届いて、感情でつながるとき、アートが持つ力を実感します」とチャイヴァラノンは言う。

モンティエン・ブンマーは1970年代にパリとローマで学び、アルテ・ポーヴェラの潮流を吸収しつつ、ジョン・ケージの音楽とも出会った。ケージ自身が禅仏教から影響を受けていたことを考えれば、その交流は一方通行ではない。「ロバート・ラウシェンバーグも1983年にタイを訪れ、シルパコーン大学を訪問した際、自分に影響を与えたと感じる作品を目の当たりにした。対話はずっと続いていた。ただ、それが正しく語られてこなかっただけです」。チャイヴァラノンにとって、Dib Bangkokの使命のひとつはその「語られてこなかった歴史」を文脈ごと可視化することだ。「研究者も、キュレーターも、どうやってその会話を変えていくか——数十年前から続いてきた対話を、正しく認識させる語り方をどう作るか」と彼女は言う。

緑のカーペットに逆さに置かれた自動車。来場者は中に入り、横たわって本を読む。フィネガン・シャノンの参加型作品。

東南アジアには特有の課題がある。「タイ語を話せるのはタイ人だけ」——そのシンプルな事実が、キュレーターチームの組み方に直接影響した。タイ人アーティストと深く関わるには、言語でつながれることが欠かせない。チームにはタイ現代美術を専門とするキュレーターを置き、国際的な文脈とローカルな文脈を同時に扱える体制を整えた。「地域に根ざしながら国際的に活躍できる人材を育てること、それもこの美術館の役割です

美術館の来場者はタイ人と外国人がほぼ半々。そのバランスは「バンコクが持つ国際性そのもの」だとチャイヴァラノンは言う。「アートを経験として体験できる場所——展示物を眺めるのではなく、作品と出会う場所。Dib Bangkokはそういう美術館でありたいと思っています

秋のバンコクへ——Bangkok Art Biennale 2026

Dib Bangkokの開館から約10ヶ月後、バンコクのアートシーンにもう一つの大きな波が来る。Bangkok Art Biennale(BAB)2026が、2026年10月29日から2027年2月28日にかけて開催される。テーマは「天使とマーラ(Angels and Mara)」。

注目すべきはキュレーター陣の構成だ。BAB 2026の四人のキュレーターの一人に、クラパット・ヤントラサースト(WHY Architecture主宰)の名がある。

展示参加作家にも重なりがある。Dib Bangkokのコレクションにも作品が収められているタイ人写真家・マニット・スリワニチプンが、BAB 2026にも名を連ねる。国内外の対話を一枚の写真の中で問い続けてきた彼の作品は、どちらの文脈においても欠かせない存在だ。

アリアナ・チャイヴァラノンは取材中、「もう次のショーの準備を始めています。リサーチが本当に楽しい」と語っていた。詳細は明かされなかったが、BABが街を席巻する秋にDib Bangkokがどんな顔を見せるか、すでに構想は動き始めている。

中庭でアリシア・クワデの石球を眺めながら、手塚ディレクターの言葉を思い返した。故ペッチは、自分の美術館が完成するところを見ずに逝った。しかし《(In)visible Presence》というタイトルは、その不在そのものを可視化しようとしている。

「見えないけれど、確かにそこにいる」——ペッチのことであり、タイ現代美術の歴史であり、アートが私たちの感覚にそっと触れる瞬間でもある。

Dib Bangkokは今、そういう場所として静かにバンコクに根ざしている。

展覧会タイトル:「(In)visible Presence / ล่องไม่เห็น」
会期:2025年12月21日〜2026年8月3日
開館時間:木〜月 10:00〜19:00(火・水曜休館)
入場料:タイ国籍 550バーツ/外国人 700バーツ(事前予約制)
住所:111 Soi Sukhumvit 40, Phra Khanong, Khlong Toei, Bangkok 10110
ウェブサイト:https://www.dibbangkok.org

Xin Tahara

株式会社アートビート 取締役

Xin Tahara

株式会社アートビート 取締役

Tokyo Art Beat Executive / Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。植物育成が趣味。

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