会場風景 撮影:山神美琴
2023年に京都市立芸術大学が、JR京都駅の東に移転した。国内ではユニークな街なかの芸術大学となったが、京都市は、芸大周辺のエリアの活性化、文化芸術によるまちづくりのプロジェクトを推進している。この取り組みの一環として、10月4日から「Lightseeing Kyoto South」がスタートした。また、9月13日からは、市内各所で「Art Rhizome KYOTO 2025『逆旅京都 2』」が開催されている。ともに、京都を拠点に活動する若手アーティスト・キュレーターによる展示などが行われる、周遊型アートイベントだ。
「Lightseeing Kyoto South」会場の京都駅東部は、崇仁(すうじん)地区と呼ばれるエリアを含む。京都駅から徒歩圏ながら、京都の街なかとは少し雰囲気が異なることに気がつくかもしれない。また、もうひとつの会場である京都駅東南部エリアには、映画『パッチギ!』の舞台にもなった場所で、在日コリアンや、様々なルーツを持つ⼈々などが住む街である東九条を含む。
京都市立芸術大学の移転が決定して以降、アーティストたちが中心になり、この地域の文化を尊重しつつ、リサーチ、交流、賑わいの創出が試みられてきた。「Lightseeing Kyoto South」は、地域と文化芸術の新たな関係性を育み、若手アーティストが活動しやすい環境を生み出すことを目指すものだ。
複雑な背景を持つこのエリアに、アートはどのように関わってゆくのか。公募によって企画を受託した若手キュレーター大倉佑亮が見出したヒントは、「光」だった。
「『Lightseeing Kyoto South』は、地域に光を当てていこう、というプロジェクトです。変化の渦中にあるこのエリアに乱反射する『光』を見つけ出し、それを手がかりに、私たちはこの土地の記憶と未来を、そっと見つめ直すことができるのかもしれません」と大倉は話す。
崇仁市営住宅9棟の空き店舗だった場所をリノベーションして、インフォメーションセンターを含む3つの展示場が作られた。大きな地図が掲示され、この地図上に、地元での発見や交流を書き込んで蓄積してゆくことが想定されている。地元の人たちの憩いの場だった元喫茶店のスペースでは、近隣の住民が立ち寄り、コーヒーを片手にスタッフと会話する光景も見られた。






出品者は、京都市内の芸術系大学の卒業生や若手アーティスト。工藤玲は、焚き火のような柔らかな光を放つネオン管を使った作品を展示。元喫茶店のスペースでは、「使うことで、日常を光らせる」をコンセプトに若手陶芸家3人が出品した。



もうひとつの会場、天井の高い開放的なカフェ、hatoba cafeでは、3人のアーティストによるグループ展「光リフレクション」が開催された。小松千倫の作品は、LEDを取り付けたコスチュームを着て、海岸沿いで自然光と人工光が作り出す光と影を観測する映像。外山リョウスケは、自作のピンホールカメラを用いた独自の写真技法Tempusgraphを用いて、時間の可視化を試みる。染織を中心に作品を展開する山本愛子は、日光で感光させるサイアノタイプを用い、近辺で採集した雑草などのシルエットを写し出し、この地域に流れる時間を布に染み込ませた。3人3様の「光」へのアプローチが、暗闇の中で共鳴する。
光という日常的な現象に向きあい、それを多義的にとらえる試みは、多くの人を気づきや思索に導く。そして、アーティストと観客とが時間をかけて街と人を照らし、豊かにしてゆく、地域とアートの協働の営みが始まる。
キュレーターの渡邊賢太郎は「このエリアを訪れた誰かが、また別の誰かにとっての『光』となる。そんな循環が生まれることを期待しています」と話す。

「Art Rhizome KYOTO 2025 『逆旅京都 2』」は、京都にゆかりの若手作家の作品が、市内各所で展示される。5度目になる2025年の今回は、「逆旅京都(げきりょきょうと)」がテーマ。「逆旅」は宿を意味する。京都の街全体を大きな宿に見立てて、ホテル、インテリアショップ、花街、そして来訪者が足を踏み入れることの少ない市役所まで、10ヶ所を会場に、観客を旅へと誘う。
企画は、地元・京都を拠点にアートの紹介やプロデュースで活躍する金澤韻+増井辰一郎(コダマシーン)、櫻岡聡(FINCH ARTS)、黃慕薇(gallery Unfold)。バンコク・アート&カルチャー・センター チーフキュレーターのペンワディー・ノッパケット・マーノンが紀行文の形式で、会場と作品を記述するテキストを執筆。テキストを読みながら街を歩くことで、もうひとつの旅への扉が開くだろう。
中村夏野、山本真実江、藤野裕美子は、ホテルを会場に展示する。枯山水の坪庭に設置された中村夏野の作品は、5mのターポリンプリント。あたかもデジタル空間から侵入してきたエイリアンのような眺めが出現した。藤野裕美子は、日本画の手法を使いながら、空き家などで見つけた生活の痕跡の残るものを描く。コラージュのような描写が変形した画面に切り取られている。山本真実江は、陶の平面にノスタルジーと装飾性を刻む。立体作品には、前衛陶芸のようなフォルムの中に、重層的な意匠が織り込まれている。
中村と藤野は絵画、山本は陶のオブジェという、室内装飾として定番の表現手法をとりながら、人の目を留めさせ、揺るがせる存在感の強さがある。それを確認できるのが、ホテルや商業空間での展示の見どころだ。





歴史的建造物が多い京都。建物ウォッチも周遊の楽しさ。前田珈琲 文博店は、元日本銀行京都支店だった京都府文化博物館別館の元金庫室。1906年に辰野金吾によって設計されたこの赤煉瓦建築は、権威的な空気に満ち満ちているが、そこで谷澤紗和子は、既存の男性優位の社会や文化構造に向け《くそやろう》という言葉を投げかける。
京都の五花街、宮川町のお茶屋を、コワーキングスペースとしてリノベーションしたサイツキョウトに登場するのは、彌永ゆり子による、デジタルイメージのユニークなプレゼンテーション。床の間には、徐々に絵が生成されてゆく小さなモニタがあり、書院障子から入る明かりが刻々と変化するのとシンクロして描画が進む。ビニールと電子基盤を組み合わせたオブジェもあるが、手作業の跡を感じさせる作品は、築100年を超える贅を尽くした木造建築と不思議な寄り添い方をしている。




2025年に竣工された、京都市役所の新庁舎、分庁舎も展示会場に。本庁舎は武田五一による歴史的価値ある建物だが、新しい庁舎はバリアフリーの開放的な空間だ。ここには、小林颯太の作品が展示される。軽く半透明のオーガンジーの生地に刺繍された言葉は、街中で聞こえてくる会話の断片。自然光が降り注ぐ空間の中、風に揺れる言葉たちもまた、環境の一部であり、都市の息遣いだと感じられる。


10月から11月には、京都市内各地で多彩なアートイベントや展覧会を開催される。
アートフェアは「Art Collaboration Kyoto」、古美術や近現代工芸、近代洋画から現代美術までが扱われる「CURATION⇄FAIR Kyoto」のふたつが予定されている。
また、京都の文化や風景のなかでアートを満喫できる様々な情報が、「京都アート月間」として一元発信されている。巡回シャトルバスやチケットの相互割引なども実施されるので、出かける前にチェックをおすすめする。