公開日:2025年10月24日

「柚木沙弥郎 永遠のいま」 (東京オペラシティ アートギャラリー)レポート。染色家として75年に渡り活動したその軌跡を総覧する

2024年に101歳の生涯を閉じた染色家、柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)の回顧展。会期は10月24日〜12月21日 撮影:灰咲光那(編集部、*を除く)

会場風景

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柚木沙弥郎の大規模個展が開幕

染色家、柚木沙弥郎(1922〜2024)の個展「柚木沙弥郎 永遠のいま」東京オペラシティ アートギャラリーで10月24日〜12月21日に開催される。

会場風景 撮影:筆者 *

1922年、洋画家の柚木久太と寿の次男として東京で生まれた柚木沙弥郎は、美術史を学ぶため東京帝国大学(現・東京大学)に入学。戦時中は学徒出陣を経験し、1945年に自宅が消失したことで、父の生家岡山県倉敷市玉島に復員した。倉敷市の大原美術館に勤務し、そのとき芹沢銈介の和紙に大胆な模様を型染めしたカレンダーに出会う。柳宗悦の著書を読み、 民藝に魅せられたことで、染色の道に進んだ。

以降2024年に101歳で亡くなるまで、型染による染布、染絵など多くの作品を制作しながら、国内外で数多くの個展を開催。挿絵やコラージュなどジャンルの垣根を超えて多様な創作活動を展開した。

会場風景より、柚木沙弥郎のポートレイト 撮影:筆者 *

本展はそんな柚木の75年にわたる活動の全貌を紹介する回顧展だ。

民藝との出会いから始まる歩み

祖父は日本画家、父は洋画家という芸術家一家に生まれた柚木は、大原美術館館長の武内潔真を通じて民藝への関心を高め、染色家としての道を歩み始める。

会場風景
会場風景

東京へ戻り、女子美術大学の専任講師として教鞭をとる傍ら、注染(ちゅうせん)という技法に取り組んだ。もとは浴衣や手拭いといった小幅の布に用いられていたこの技術を広幅の布に応用することに成功。この「広幅注染」により、柚木は染布を生活空間の中に広げ、染色の表現を新たな領域へと押し広げた。

その模様は自然の形に着想を得ており、生命感と明るさに満ちている。風にそよぐ葉、波のうねりといった動きが、布の外へと続くリズムとして展開される。民藝の理念を基にしながら、モダンな感覚をもって現代の生活に根づかせた点に、柚木の独自性がある。

会場風景
会場風景

暮らしのなかの美を求めて

1980年代中頃から、柚木の創作の幅はさらに広がった。板絵や版画、ガラス絵、絵本の挿絵、装丁、立体造形など、多彩な作品も本展で紹介されている。動物や植物をモチーフにした、ユーモアや愛嬌たっぷりの美しい仕事に目が嬉しくなる。

会場風景
会場風景

「自分の心の中はどこまでも自由にいること」との信条のもと、素材と向き合い、その魅力を引き出す創作は、それを受け取る人々の暮らしのなかに、明るさや温かみ、心地よい開放感を与えたことだろう。

会場風景
会場風景

旅を通して育まれた出会い

柚木が染色家として活動を始めた時期は、日本各地で民藝運動が広まり、民藝館や民芸店が次々と開かれていた。柳をはじめとする民藝の思想を支えた人々が各地で民藝品調査していたように、柚木もまた様々な土地を旅した。

会場風景 撮影:筆者 *
会場風景

本展では、民藝と出会った岡山をはじめ、静岡、島根、岩手、長野といった土地と、そこでの出会いを紹介。

その足取りは海外にも広がった。1967年の初の海外旅行はヨーロッパ一人旅。さらに何度も訪れたインドでも街や市場の人々の姿に強い感銘を受けた。アメリカやメキシコ、パリなどでも、各地の民衆の生活に美を見出すまなざしを広げていった。晩年まで続いた旅のスケッチや写真、各国の品々のコレクションからは、土地の風土と人々の暮らしを誠実に観察する作家の姿勢が浮かび上がる。

会場風景 *
会場風景より、柚木が愛した各国の品々 撮影:筆者 *

「いま」を生きるアーティストとして

2000年代以降、柚木の活動の場はさらに広がった。1950年代から商業デザインの仕事を手がけてきた経験をもとに、インテリアショップのイデーとの仕事をはじめとする企業との協働など新たな展開を見せる。カフェやホテル空間に展示された染布、コラボレーションによる商品など、生活の場そのものを豊かにする表現へと発展した。

会場風景

いっぽうで、東日本大震災以降の社会の変化を受け、「いのちの旗じるし」や「いのちの樹」など生命を主題とする作品に取り組む。型染によって布に描かれた力強いモチーフは、現代を生きる人々へのエールであり、生命の賛歌として響く。

会場風景


晩年の柚木は、工芸や絵本、デザインといったジャンルを自在に行き来しながら、表現の枠を超えて活動を続けた。本展ではそんな柚木を、「人生最後の局面で、21世紀に相応しい美術家として全面解放されることとなる。現代アーティストの一人となったともいえよう」と位置付ける。

会場風景
会場風景

「永遠のいま」という本展タイトルが示すように、その作品の普遍的な魅力を存分に味わえる展覧会となっていた。

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。