公開日:2026年2月4日

都市と制度をめぐる絵画と映像──「サラ・モリス 取引権限」(大阪中之島美術館)をレポート

日本初となる大規模個展が大阪・中之島美術館で開催。会期は1月31日から4月5日

サラ・モリス 黒松(住吉) 2023

大阪中之島美術館で、国際的アートシーンを牽引してきたアーティスト、サラ・モリスの日本初となる大規模個展「サラ・モリス 取引権限」が開催されている。会期は1月31日から4月5日まで。

本展は、1990年代初頭の初期作品から、会期直前に完成した最新作までを網羅する回顧展で、絵画約41点、映像作品17点を中心に、ドローイングやポスター、資料なども多数紹介される。絵画と映像を並行して制作してきたモリスの活動を遡る内容で、その多くが日本初公開となる。

都市、建築、企業、制度、ネットワーク。モリスは、私たちを取り巻く巨大なシステムや構造を、幾何学的な抽象絵画や映像作品というかたちで可視化してきた。本展タイトルの「取引権限」は、私たちが日々、無数の関係性のなかで結び続ける“見えない契約”の感覚を想起させる。会場でモリスは、「私たちはつねになんらかの契約のなかにいます。その契約は固定されたものではなく、分単位で変化していくと私は思うのです」と言う。

「サラ・モリス 取引権限」会場にて、サラ・モリス

会場に入って最初に目に入るのは、「LIAR」や「NOTHING」、猛犬注意を意味する「BEWARE OF THE DOG」など、注意を促す言葉を用いた初期作品群だ。都市にあふれるサインやルールが、社会のなかでどのように機能しているのかを探るこれらの作品からは、モリスが早い段階から明確な問題意識をもって制作に取り組んできたことがうかがえる。

モリスは、「作品を制作する際には、どの声が強く、どの声が言語として必要とされているのかをつねに観察しています」と話す。人々の行動を制御し、注意を喚起する言葉やフォーマットに着目する姿勢は、こうした初期作品にすでに表れている。その視点は、絵画や映像といった異なるメディアを用いながらも、現在の制作へと一貫して引き継がれている。

会場風景、サイン絵画シリーズ
会場風景

本展のために制作された新作壁画《スノーデン》

今回の最大の見どころは、本展のために制作された大型壁画《スノーデン》だ。制作は会期直前まで続き、内覧会の日に完成を迎えた。モリスは25年以上にわたり、壁画などの大規模でサイトスペシフィックな作品を手がけてきたが、本作もその実践の延長線上にある。

森を思わせるイメージ、そして建築的なボリュームや直線的な構造が重なり合う構図について、「日本各地で目にした寺院建築や空間の使い方を見て、遠い過去の建築や形であっても、時代や場所を超えて共鳴するものがあると感じた。《スノーデン》は、そうした感覚を視覚的に落とし込んだ作品だ」とモリスは言う。

サラ・モリス スノーデン 2026

画面に散りばめられた白いドットは、雪を想像する人もいるだろう。また、タイトルの《スノーデン》からは、「スノー(雪)」や、元NSA職員のエドワード・スノーデンなどの連想が広がる。こうした複数の意味がひとつの画面に重ねられている点も、本作の特徴だ。

展示室では、あわせて展示される《黒松[住吉]》が並ぶ。大阪市・住吉の黒松から着想を得た作品で、典型的な日本的らしさに縛られるだけでなく、ストイックで鮮烈なイメージとして描かれている点にも注目したい。

サラ・モリス 黒松(住吉) 2023

絵画41点、映像17点でたどる、約30年の活動

本展ではモリスのキャリア初期から現在に至るまでの代表作が一堂に会する。企業ビルや都市構造を抽象化したグリッド絵画、音や声を可視化するシリーズ、さらには都市を舞台にした映像作品まで、モチーフと手法は多岐にわたる。

左から、米国議会図書館(キャピタル) 2001、クリスタル・シティ(キャピタル) 2001
サラ・モリス エレトロブラス電力会社(リオ) 2013
会場風景

1990年代から並行して制作されてきた映像作品も重要な軸だ。ニューヨーク、ワシントン、香港など、世界の主要都市を舞台に、政治、権力、メディア、個人の声を映し出してきた作品群がまとめて上映される。

大阪から生まれた映像作品《サクラ》と「大阪」シリーズ

大阪中之島美術館との関係を象徴するのが、2017年から2018年にかけて大阪を訪れた際に制作された映像作品《サクラ》と、「大阪」シリーズの絵画だ。モリスは松や住吉大社といった日本で目にしたモチーフを取り入れつつ、いわゆる「日本らしさ」に寄りかかることなく、距離を保った視点で作品化している。

サラ・モリス 黒松(大阪) 2023

映像作品《サクラ》のきっかけのひとつとして、モリスは、医療研究者である父が研究室で働く科学者からお土産としてもらったサクラクレパスの存在が大きいという。映像内では、そのクレパスの生産工場をはじめ、花見の時期の大阪城公園、新幹線のホーム、iPS細胞の研究施設など、大阪という都市を構成する様々な場所が撮影された。寺院や街並みといった表層的な風景だけではなく、研究施設や工場内部など、都市を支える制度やインフラの内側にまで視線が向けられ、都市の構造そのものが届けられていく。

サラ・モリス サクラ 2018

会場でモリスが示したのは、「観客には、自分自身よりもはるかに大きな全体の一部であることを感じ取ってほしい」という視点。本展は、サラ・モリスの作品を通して、私たち自身が社会や制度のなかに身を置いていることを、あらためて意識する機会を与えてくれるだろう。

福島 吏直子(編集部)

福島 吏直子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。編集者・ライター。