公開日:2025年10月23日

SIDE COREの大規模個展が金沢21世紀美術館で開幕。異なる“道”を多様な表現がつなぎ、「生きている場」を創出する

SIDE COREの歩みと現在地を示す「Living road, Living space /生きている道、生きるための場」。会期は10月18日〜2026年3月15日。

SIDE CORE「Living road, Living space /生きている道、生きるための場」会場風景

美術館内外で多様な価値観や生き方が交差する

SIDE COREの個展「Living road, Living space /生きている道、生きるための場」が、石川・金沢21世紀美術館で開幕した。会期は2026年3月15日まで。

東京を拠点に、日本各地でプロジェクトを展開してきたアートチーム・SIDE CORE。メンバーは、高須咲恵、松下徹、西広太志、映像ディレクターは播本和宜。「個人がいかに都市や公共空間のなかでメッセージを発するか」という問いのもと、ストリートカルチャーの思想や歴史などを参照しながら作品やプロジェクトを展開してきた。

今回の展覧会について、担当学芸員の髙木遊(金沢21世紀美術館アシスタント・キュレーター)は「アーティストの多様な表現のあり方や、危機に対してアートは何ができるのか、ということを考え尽くした展覧会になっています」と語る。

SIDE COREは2011年の東日本大震災を契機に、ストリートカルチャーを都市の路上における表現のみに留めるのではなく、「道=異なる場所や価値観を媒介するもの」として再定義し、移動や文化の連鎖反応に基づく表現運動してとらえ直すことを試みてきた。2024年元日の能登半島地震後、金沢や能登半島を繰り返し訪れ、地域の人々と対話を重ねながら続けてきた制作も、その実践のひとつだ。本展ではそのようにして制作された作品を「異なる場所をつなぐ表現」をテーマに再構成して紹介。「道」や「移動」を主題とした作品を中心に、美術館内外で多様な価値観や生き方が交差する場を作り出すことを目指す。

左から、髙木遊、高須咲恵(SIDE CORE)、西広太志(SIDE CORE)
松下徹(SIDE CORE)

通常有料のエリアを無料開放。美術館に「道」が開く

展覧会は、「NEW ROAD:美術館に『道』がひらく」「UNDER CONSTRUCTION:SIDE COREの軌跡をたどる」「LIVING SPACE:生きるための場所」「LIVING ROAD:生きている道」の4つのセクションから構成される。

様々な場所を「生きている場所(living space)」としてとらえる本展。なかでも美術館という公共空間をとらえ直し、アップデートすることを試みるのが最初のセクション「NEW ROAD」だ。

SIDE COREは本展に際して美術館に新たな「道」を作り、会期中限定で有料ゾーンの一部を無料開放。普段はチケットなしでは通ることのできない、館内を東西に走る通路をつなぎ、自由な往来を可能にした。さらに恒久展示作品であるレアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》の地上部も会期中は無料で開放されている。

会場風景

SIDE COREはここにゲストアーティストとして、スティーブン・ESPO・パワーズと森田貴宏を招いた。個展でありながらゲストアーティストがいるという形式は、作品制作だけでなく展覧会のキュレーションも手がけるSIDE COREの幅広い活動のあり方を象徴している。

ESPOが生み出す、変化し続けるメッセージと壁画

グラフィティを原点に世界的に活躍するスティーブン・ESPO・パワーズは、館内の壁を使ってふたつの作品を発表。美術館のシンボルでもある円形のガラス窓から見えるのは、鉄製の壁にアルファベットのマグネットを貼ってメッセージを紡ぎ出す《I Left A Message》だ。展覧会開幕時には、「WITHOUT WORRIES THIS WOULD BE PARADISE」とのメッセージが作られていたが、来場者からも言葉のアイデアを受け付け、文章は会期中に変化していく。「ただそこに絵があるだけでなく、『街と関係していく壁画』と考え、ESPOさんに制作していただきました」と松下徹(SIDE CORE)は語る。

スティーブン・ESPO・パワーズ《I Left A Message》(2025)展示風景

さらに展示室の壁面には、ESPOのiPhoneのカメラロールにあった写真をもとに、親しい人々の日常の姿をスプレーで描いた巨大な壁画を展示。本展の制作期間中、能登半島地震で大きな被害を受けた珠洲を訪れ、現地でも壁画を制作したESPOは、次のように話した。

「SIDE COREとの仕事、能登での制作は、私のアートに対する向き合い方に大きな影響を与え、考えをリセットするきっかけになりました。ゼロになることから始めて自分の身の回りの環境に注意を向け、ポートレイトから始めようと思ったんです。制作にあたっては、即興的であることを心がけ、その場で何を感じたのかを大事にしました」

スティーブン・ESPO・パワーズ
スティーブン・ESPO・パワーズ《My Outside Familiy》(2025)展示風景

円形展示室が本格的なスケートパークに

美術館中央の円形の展示室には、本格的なスケートパークが登場。このスペースを手がけたのは、1990年代から自身のスケート映像プロダクション「FESN」を運営するプロスケーターの森田貴宏だ。森田が作り出した真っ白なスケートボウルは、もともと影や立体感もなく遠近感のつかみづらい空間だったという。何度かスケートで滑ることで汚れがつき、エッジなどが際立って空間に立体感が生まれた。壁面のグラフィティは盟友のBABUによるもの。

森田貴宏《PLAZA》(2025)会場風景

ここでは会期中、閉館前の1時間、誰でも自由にスケートすることができる。使用にあたって明確なルールは設けておらず、スペースをどのように使うかは利用者のモラルや自主性に委ねられる。《PLAZA》と題された本作は、美術館内に「PLAZA(広場)」を作り出し、自由な行為と滞在が生む関係性そのものを展示する、という試みだ。

森田貴宏

「僕が信じてることはただひとつ。友達と仲良くすること、それが世界を良くするパワーにつながる」と森田。「スケボーは全身全霊を使って遊ぶもの。怪我もするし、仲間も助ける。そういうシンプルだけど当たり前のことができない世の中を俺たちは笑ってる。そんな街で遊ばせてもらってる者の代表として、ここで作らせてもらいました。会期中、ここはどんどん変化していくと思う。まだ見ぬ仲間たちを呼び込みたいです」と意気込みを述べた。

森田貴宏《PLAZA》(2025)会場風景

危機に呼応してきたSIDE COREの実践

有料ゾーンは「UNDER CONSTRUCTION:SIDE COREの軌跡をたどる」のセクションからスタート。社会が直面する危機に呼応してきたSIDE COREの実践を、過去の作品やプロジェクトの再編集を通じて紹介する。

薄暗い空間のなかで光に照らされた大小様々な反射板の作品は、工事現場の看板を用いたシリーズ《ahead of my way》。業者などから集めた工事看板を異なるサイズに切り出し、組み合わせ直した作品だ。部分的に切り出されてランダムに並べられることで、看板ごとの違いが見え、普段は目に留まらない街のディティールが浮かび上がる。

SIDE CORE ahead of my way 2025

車のヘッドライトを用いたインスタレーション《夜の息》では、車で路上を走りながらフィールドレコーディングした音を素材とした新美太基によるサウンドが、ライトの光に重なる。

SIDE CORE 夜の息 2024

天井からぶら下がる巨大な立体作品《rode work》は、工事現場の照明をシャンデリアのように組み合わせたインスタレーション。使われている工事用照明は、電波時計の仕組みを用いて光が同期する仕様になっており、光の同期が離れた地域と地域を結ぶ。能登半島地震では、金沢21世紀美術館も天井のガラス板が落ちるなどの被害を受けており、本作の展示はそうした状況と作品をつなげる意図もあるという。

SIDE CORE rode work 2017-

生活とアートと経済が交わる「生きるための場所」

道路工事を題材としたシリーズを抜けると、次のセクション「LIVING SPACE:生きるための場所」へと続く。

ここでは、SIDE COREが活動のなかで見出したキーワード「LIVING SPACE」を軸に、危機や都市において繰り返される生と死を前にどのような表現や生き方が可能なのかを探る。中心となるのは、もうひとりのゲストアーティスト、細野晃太朗が手がける新作インスタレーション《唯今/I'M HOME》だ。

細野晃太朗 唯今/I'M HOME 2025

ANAGRAの立ち上げをはじめ、これまで多様なジャンルや表現の交わる場を作り上げてきた細野は、美術館内に独立したギャラリーを出現させた。木で作られた小屋の中では、細野のディレクションのもとで毎月異なる展示が行われ、展示のキュレーションにSIDE COREは関与しない。美術館の展覧会は数ヶ月単位で行われることが多いが、ここでは月に1回展示を変えることで「人々が美術館に通うという状況を作りたい」と細野は語る。展示には新聞サイズの大きなプライスリストが添えられており、生活とアートと経済が交わる場として、「生きるための場所」を立ち上げる。

細野晃太朗 唯今/I'M HOME 2025

さらにミニシアター「9」と名付けられたスペースでは、記録に残りづらいストリートアートのアーカイヴの重要性に目を向け、世界各地の路上で表現を行うアーティスたちの作品を上映。このスペースと対になるよう作られた空間は、SIDE COREのスタジオをもとに構成され、彼らが収集してきたストリートアート関連の書籍やZINE、写真などが並べられている。

SIDE CORE end of the day 2025

能登半島での経験から生まれた新作群

最後のセクション「LIVING ROAD:生きている道」では、SIDE COREの現在地を示す。能登半島地震後に現地を繰り返し訪れた経験を起点に制作された作品群が紹介される。

美術館の光庭に登場した足場の上では、映像作品《new land》が展示されている。本作の舞台となっているのは、地震で海底が隆起したことで新たに作られた陸地。そこで鳥笛を吹き、餌付けをして鳥を呼び寄せる姿を通して、「風景と人の結びつき」が表現される。足場は約4mの高さに組まれ、普段は見ることのできない美術館屋上の眺めも見ることができる。この高さは偶然にも、地震で隆起した海底に近い高さなのだという。

SIDE CORE《new land》(2024)展示風景

本展でお披露目された新作《living road》は、SIDE COREの拠点である東京から能登半島までの道中を旅するロードムービー形式の映像作品。彼らが能登で経験した移動の大変さや時間の移り変わりなどを題材にしており、ボランティアで出会った関東からの移住者で俳優の坂口彩夏を主演に迎えている。映像は4章構成で、高速道路や旧道、能登の迂回路といった建設時の時代背景と結びついた様々な「道」をたどる。5チャンネルで映し出される映像にあわせて壁面のライトボックス写真が点灯し、人と土地、記憶と記憶を結び直していく。30分ほどの長尺で物語性があり、SIDE COREの新境地を感じさせる作品だ。

SIDE CORE《living road》(2025)展示風景
SIDE CORE《living road》(2025)展示風景

また美術館近郊で吊り上げられた外来魚・ブラックバスを環境省と農林水産省の正式な許可を得て展示する《アートと交換された魚》では、生物を扱ううえでの倫理的・制度的枠組みのみならず、文化の流通や美術館制度自体にも問いを投げかける。能登の土砂災害で流出した土や、倒壊した家屋の炭化した木材などを用いて建築模型のような立体物を制作した《初めての築土構木》は、会期中に美術館スタッフによって水がかけられ、作品が日々姿を変える。

SIDE CORE アートと交換された魚 2018
SIDE CORE 初めての築土構木 2025

さらに本展では作品を通して都市と被災地を結ぶだけでなく、美術館と能登半島を実際につなぐビジティングプログラム「Road to Noto」を実施。展覧会を能登へ訪れるきっかけにしてほしいとの思いから、SIDE CORE制作のオリジナルガイドブックを手に珠洲をめぐるプログラムとなり、月に1〜2回開催予定だ。参加アーティストによる「Road to Noto」オリジナルグッズも制作されており、なかには能登の炭や塩など使ったアイテムも。製造原価・経費を除いた収益はすべて「Road to Noto」プロジェクトの活動資金として還元される。

時間やシチュエーションによって変化していく作品、スケートパーク、会期中に開催される音楽イベントなど、本展はつねにどこかで何かが起き、連鎖反応を生み出していく。まさに「生きた場所」となった美術館を訪れ、多様な価値観が交差する場を体験してほしい。

なお、Tokyo Art Beatでは本展に際し、SIDE COREのメンバーから松下徹、西広太志のインタビューを実施。「Road to Noto」のレポートもあわせて、後日公開予定。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。