「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」会場風景
2025年に開館30周年を迎えた東京都写真美術館で、展覧会「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」が開幕した。会期は10月15日から2026年1月25日まで。
本展は、石内都、志賀理江子、金村修、藤岡亜弥、川田喜久治の5名の写真家によるグループ展。東京都写真美術館の収蔵作品を中心に、新作や近作も加えた100点以上の作品を通して、国際的に活躍する写真家たちの現在進行形の創作活動に触れる機会となる。担当学芸員は同館事業企画課長 学芸員の丹羽晴美、同じく同館学芸員の伊藤貴弘。

東京都写真美術館には3万8千点を超えるコレクションがあり、作家の数は1500人におよぶ。そのなかで存命中かつ日本で活動する作家は2〜300人ほどだが、彼らの新作や進行中の作品は多くがギャラリーなどで発表されている。本展はこうした現状を背景に企画された。
「これだけ当館にコレクションがある作家さんの新作をほかの場所で見るのではなく、ここでコレクションと一緒に展示していただく、もしくは新作が完成していなくてもワーク・イン・プログレスのようなかたちで、当館の展示室やトークなど様々な活動を活用していただけると、美術館がもっと生きた場になると思い、この企画を計画しました」と丹羽学芸員は語る。
また5名の作家の選定については、「写真表現を拡張する取り組みを長年にわたって続けてきたことが大きなポイント。それが日本だけで国際的に評価されている。(そのような作家たちの)作品をあらためて見る機会を設けたかった」と伊藤学芸員。
展示は作家ごとに1つずつスペースが割り当てられ、個々の創作の「これまで」の歩みをたどるとともに、「これから」の表現の可能性を探る構成だ。戦後80年、昭和100年という節目の年を背景に、戦争や原爆などをテーマにした作品も含まれる。
石内都は、広島の平和記念資料館に保管されている被爆者の遺品を撮影した、現在も続くシリーズ「ひろしま」を展示。2007年の作品から2025年撮影の未発表作5点まで、同館のコレクション作品と新作をあわせた17点が並ぶ。

「年に1度、広島の資料館で撮影することが、私の生活の一部というか1年間のけじめみたい感じになっている」と石内は語る。時が経つにつれ撮影する遺品の数は減っているものの、「私が撮らなければいけない遺品がいまだにある」という。今年撮影された雨よけつきの下駄など、個人の衣服や日用品に残る戦争の痕跡が、物に刻まれた記憶を通して現代の観客と接続する。
「これは80年という時間の塊です。それと歴史のかたち。そういうものとして私は広島の遺品を撮っています」
宮城県を拠点に活動する志賀理江子の展示は、「カナリア」や「螺旋海岸」「ヒューマン・スプリング」といった代表的なシリーズ、2025年の新作など、作家が初めて宮城を訪れた2006年から今日までの、東北で制作された約20年間を網羅する。
東日本大震災をきっかけに「復興とは一体何だろうか」ということがもっとも重要なテーマになったという志賀。展示作品は、巨大な権力が主導する「復興」の内実を前にオルタナティヴな道を探ろうとする試行錯誤のなかで生まれ、「結果的に、その現実に向けて自分たちができる限り、思い切りパフォーマンスした、その記録であるように感じている」と話す。

暗闇に浮かぶ工事用重機や無数の線が引かれた砂浜の写真などと並んで展示される《石巻南浜 2025年8月》は2025年に撮影されたもの。体を折り重ねて寝る女性たちは、現在志賀とともに作品制作をする若者たちだという。「この写真が私の中のひとつの希望のようなかたち。彼女たちの姿を現在の写真としてここに持って来れたことが、私はとても嬉しいと思っています」。
金村修は初期より都市の風景をモノクロで撮影し続け、1996年にはニューヨーク近代美術館の「ニュー・フォトグラフィー12」展に出品するなど、国内外で評価を得てきた。今回は、専門学校卒業直後の初期作品から、1ヶ月前に完成したばかりだという新作まで、その創作の軌跡が一望できる展示となっている。
自らロール紙を引き伸ばしてプリントした大判の作品や、期限切れのRC印画紙を用いて都市の姿を再構築した《System Crash for Hi-Fi》などは、デビューから10数年が経ち、「失敗しないことが面白くない」と感じた作家による実験的な試みの成果でもある。
1990年代の東京をとらえた「本日の日本」シリーズや、ニューヨーク、フィンランド、中国、ドイツなどの街並みを写したシリーズに加え、コラージュやドローイング、映像など、写真にとどまらない多岐に渡る創作活動が紹介される。
広島出身の藤岡亜弥は、広島の街並みを写したふたつのシリーズ、2013年〜2017年の「川はゆく」と、2018年〜2025年の「Hiroshima Today」を展示。
原爆ドームを背に、その前を流れる元安川の岸辺でアニメのポーズをとる女子学生たちの写真は、発表当時SNSで批判も受けたという。本作をはじめ、赤い体操帽をかぶった子供たち、川辺を歩く赤いワンピースの人物、祈りを捧げる人々など、作家が街を歩きながら撮影したスナップショットは、何気ない風景のなかに過去の歴史が重なり、重層的な「ひろしま」の姿を写し出す。
「写真には自分が思っていないものが写る」と藤岡は語る。前述の学生たちの写真については「広島を象徴する川と後ろに原爆ドームという過去があり、前に現代が写っている。何が写っているかわかってシャッターを押すのではなく、いつも写真に後から教えられるなと思っています」と述べた。

「Hiroshima Today」は、2018年から2025年までの8月6日の広島の様子を作家の視点で切り取ったシリーズ。「広島というよりその日の自分の行動を撮ろう」と考え、毎年8月6日に撮影を続ける藤岡。朝から日が暮れるまでの作家の足取りを追うように、選び抜かれた8枚の写真が1年ごとの「8月6日の広島」をとらえている。
展覧会の最後を飾るのは、1933年生まれの川田喜久治。佐藤明、丹野章、東松照明、奈良原一高、細江英公らとともにに写真エージェンシー「VIVO」を立ち上げたことでも知られる川田は、現在Instagramを「自由に発表できる、効力のあるメディア」ととらえ、精力的に作品を発信している。
本展では、原爆の爆心地や特攻隊員の写真など、戦争の傷跡や記憶をたどる初期の代表作「地図」から、その後に続く「聖なる世界」「ロス・カプリチョス」、そして現在に続くシリーズまでを展示。インクジェット・プリントを用いた近作など、いまもその表現を更新し続ける作家の小回顧展のような構成だ。
昭和100年という節目の年にあわせ、昭和および20世紀最後の天体現象を題材とした「ラスト・コスモロジー」の作品も展示。そのうちの1点、《昭和最後の太陽、昭和64年1月7日》には、その名の通り、昭和が終わった1989年1月7日の太陽が記録されている。
川田は本展について「私のいろいろ分かれたテーマのある写真を最後に持ってきていただくというのは本当にありがたく、夜も眠れないくらい嬉しい」「命がある限り撮影してまいります」と力強く語った。

各作家の初期から最新の表現までを一堂に見せる「作家の現在 これまでとこれから」展。丹羽学芸員はシリーズ化も視野にいれ、「個展の機会を持とうと思うと数年かかってしまうが、作家の皆さんは日々制作している。こういう機会が続けられると良いと思う」と意欲を見せた。会期は2026年1月25日まで。正月期間(1月2日、3日)には無料観覧日も設けられる。