会場風景
東京・銀座にあるシャネル・ネクサス・ホールでは、人工知能(AI)とエコロジーの融合した展覧会「Synthetic Natures もつれあう世界:AIと生命の現在地」が開催されている。会期は10月4日〜12月7日。
本展は長谷川祐子(キュレーター/美術批評)が、次世代を担う若手キュレーターを育成する「Hasegawa Curation Lab.」とのコラボレーション企画。若手キュレーターを起用し、彼らの視点を取り入れながら、次世代を担う様々な才能たちの対話を生み出すことを目指す。同シリーズは昨年開催された「Everyday Enchantment 日常の再魔術化」に続いて、2回目の開催となり、キュレーターはキュラトリアル・コレクティブ「HB.」の共同代表である三宅敦大が務める。

今回、フォーカスされるのはリスボンを拠点とするソフィア・クレスポと、彼女がノルウェー出身のアーティスト/研究者フェイレカン・カークブライド・マコーミックと2020年に結成したデュオ、エンタングルド・アザーズだ。
クレスポの作品は、画像生成AIを通じて虫の翅(はね)や植物の胞子、深海のクラゲのような既視感のあるフォルムでありながら、決して人間が見たことのない生命体を生み出す。いっぽう、エンタングルド・アザーズは、世界のあらゆるものが単独で存在するのではなく、相互に結びつき共鳴し合いながら存在しているという「エンタングルメント(もつれ)」概念を軸に活動してきた。人間と非人間のあいだにある複雑な相互関係を、データと想像力を駆使して再構築する彼女らの作品は、いまアートとテクノロジーが交差する臨界点においてもっとも注目を集めている。

本展では、旧作と新作を含む4シリーズを展示。ヴィジュアル、彫像、デジタルインスタレーションなど複数のメディアを横断しながら織りなされる展示空間は、「人間が自然をどう見たいと願っているか」の深層を映し出し、私たちの認識のあり方をも問い直していく。

展示の中心となる新作《流動する海洋層:変態するアルゴフロート》(2025)は、深海観測機器「アルゴフロート」をテーマとした作品。2000メートル以深の深海は、わずか2%しか解明されていないと言われている。本作では、未知の深海へと潜り情報や付着物を得て海上へと帰ってくるアルゴフロートが、深海の情報やイメージによって変容した姿を彫刻として表現。実際の観測データをヴィジュアライズした映像では、観測できたデータと欠損した部分がともに示され、現代の技術そのものがこの領域に到達し得ていない「技術の現在地」を可視化している。


左側の壁面に4つのスクリーンが設置されている。これはつねにデータが入れ替わり続ける《自己完結モデル》(2023〜24)という作品だ。遺伝子の構造とデジタルデータのコードを重ね合わせ、生物のフッテージから類似したイメージを集め、接ぎ木のようにコードを付与することでハイブリッドなイメージを生成する。

さらにスクリーンの隣に置かれている遺伝子モデルを模した3Dプリント彫刻には、このシステムのDNAデータを保存した金属製カプセルが収められており、バーチャルな変異が実際のDNAとして記録される「閉じた円環」をかたち作っている。

いっぽう、反対の壁で展開されている《捉えきれなかったものたち》(2023〜24)は、科学史に蓄積された微細な生命体のドローイングなどの歴史的アーカイヴをベースに制作されたクレスポの作品。デジタルで作成されたイメージを一度アナログ出力し、再びデータ化するという独特な手法は、かつて研究者が自然を観測し描写していたように、いまやクラウド上の情報自体が観測対象となっている現状を反映する。また、アナログな表現として用いられたサイアノタイプ(青写真)は、19世紀の植物学者アンナ・アトキンスへのオマージュでもあるという。


隣で展開されている《人工自然史》(2020〜25)は、クレスポによる現在進行形で続く書籍とプリントのプロジェクト。18世紀の博物画家ルイ・ルナールの魚類図などをデータセット化し、AIで存在しない生物を生成。解読不能な記述や歪んだ生命たちは、自然科学のカテゴライズや体系化の前提を問い直すとともに、無限にも思える生物の多様性を讃えている。


植物でもなく、生き物でもない謎の生命体が現れている4枚のパネルは、深海の冷水が海面近くへと押し上げられる「湧昇」現象をテーマとする《見せかけの湧昇》(2022〜24)という作品。クラウド上から収集された海洋データをAIが統合し、グリッド状に分割している。


データをAIでつなぎ合わせるプロセスを繰り返すことで、「既存のデータのもつれ」と「AIによるイメージのもつれ」という二重のもつれが生じている。多様な情報がもつれ合って形成される未知の生命体のようなイメージは、巨大な現象の全容をとらえようとするほどに複雑な関係性のなかに迷い込んでいくことを暗示する。

「この展覧会は科学とAIを通して、圧倒的な創造力とエレガンスを示しています。私はこれを『AIエレガンス』と呼びたい。それは知性と、深く世界を知りたいという思いから生まれるものです」と長谷川は語る。
AIが人間の創造力を奪うのではないかという懸念があるいっぽうで、AIがもたらす限りない未知の可能性をどう活用するか。エンタングルド・アザーズの作品において、テクノロジーを介して生成されたイメージは自然の"代替物"ではなく、「人間が自然をどう見たいと願っているか」の深層を映し出す。

絡まり、共鳴し、変容していくそれらのイメージは、現実世界の見え方を揺さぶりながら、自然とテクノロジーが相互に影響し合う統合的な世界のあり方を提案している。本展は、そうした問いに対する詩的な回答として、私たちの前に立ち現れている。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)