森淳一 星翳
国際芸術祭「東京ビエンナーレ2025」が、10月17日〜12月14日に開催される。本展には日本と海外あわせて38組のアーティストが参加。第3回となる今回は、「いっしょに散歩しませんか?」をテーマに、東京のまちを舞台にした“さんぽ”を通してアートと出会う体験を提示する。
総合プロデューサーは中村政人。キュレトリアル・メンバーに並河進、⻄原珉、服部浩之。
「今回は、誰にとってもいちばん親しみやすい散歩という入口からアートに入ってきてほしい。それぞれ自分の心の中にある、創造的なワクワクする気持ちを開くという意味で、アートに触れてほしい」。プレス陣に向けて、中村はテーマの意義をこのように説明した。舞台となるのは、創建400年を迎える上野の東叡山寛永寺および千代田区・東神田のエトワール海渡リビング館を拠点とする、東京北東部の6エリア(上野・御徒町/神田・秋葉原/水道橋/日本橋・馬喰町/八重洲・京橋/大手町・丸の内・有楽町)。街の風景とアートをともに楽しめる工夫が各所に凝らされていた。
寛永寺 教化部執事の石川亮岳は、「お釈迦様の教えの根本には、仏の教えでもってみんなに幸せになってほしいという考えがあります。仏教はあくまで手段であって、目的は皆さんの心が豊かになっていただくこと。そういったところがアートにも通じる」と、芸術祭の会場として協力する意義を語った。

東叡山寛永寺
東叡山寛永寺は天台宗大本山のお寺で、寛永2(1625)年に、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に、慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正によって建立された。この江戸〜東京の歴史と文化を感じられる場所から、プレスツアーはスタート。
寛永寺にある渋沢家霊堂は、渋沢栄一が前妻の17回忌にあわせて建設したと伝わる。その前庭では、森淳一が彫刻シリーズ「星翳」の最新作を発表。

床の間のある貴賓室では、藤原信幸による繊細かつダイナミックなガラス造形作品が展示されている。

東叡山寛永寺の「葵の間」は、幕末の将軍・徳川慶喜が謹生活を送ったという歴史的な場所。普段は非公開だというこの「葵の間」に入ることができるのも、ビエンナーレの楽しみのひとつだ。

じつは徳川慶喜は後年、西洋画を描いていた。油彩画《西洋風景》(1887〜97)の複製がここには掛けられており、本作と同時期に描かれた《日本風景》(1870頃)を手がかりに、小瀬村真美は写真作品《風景畫-葵の間、東叡山寛永寺》を制作した。《西洋風景》に見られる縦構図は、西洋絵画の風景画としては珍しく、日本の美術の伝統にそうもの。西欧化が進む変革期らしい和洋折衷な作品だ。


石塊にあいた穴に頭を入れて環境音を聞く黒川岳の《石を聴く》、サウンド・アートの先駆的なアーティスト鈴木昭男が環境音や反響音が聴ける場所を探し出したプロジェクト「点 音(おとだて)」のスポットも、屋外に設置されている。

大手町ファーストスクエア
ビルの壁面に10×10mの大型作品が登場。2023年に東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業した若手アーティストの大内風が抜擢され、壁面に《分散、上昇、規律、統合》を制作した。

行幸地下ギャラリー、大手町パークビル 1階エントランス
グラフィックデザイナーとして活躍し、2013年から絵画制作を続けてきた佐藤直樹。そのライフワークといえる木炭画「そこで生えている。」が近接する2会場で展示されている。12年間描き続け、いまでは長さ300数十mを超えるという本作。東京駅至近という都市の地下に、植物の野生的なエナジーが充満する。大手町パークビル 1階エントランスでは公開制作が行われる。

東京駅八重洲北口 大丸東京店前
多くの人々が行き交う八重洲口北口の大丸東京店前の床面には、与那覇俊《太太太郎》の大判出力が展開されている。カラフルな作品が、街に活気を与えているようだ。

京橋彩区(アーティゾン美術館/TODA BUILDING)周辺
鈴木昭男の「点 音(おとだて)」はこのエリアでも展開。プレスツアー中にはパフォーマンスも披露された。


日本橋室町・本町では、「スキマプロジェクト」を展開。ビルの間のわずかな隙間(すきま)を作品発表の空間や作品そのものとして活用する試みで、1999年に中村政人とコマンドNが実施した伝説的なプロジェクト。今回は路地裏を舞台に、岩岡純子、片岡純也+岩竹理恵、栗原良彰、6lines studio+塚本由晴、寺内木香、戸田祥子ミルク倉庫ザココナッツ、森靖という8組のアーティストが参加。鉢植えに「擬態」した彫刻作品を、宝探しのような気持ちで目を凝らして発見しよう。


海老原商店
神田の築100年近い“看板建築”海老原商店もビエンナーレの会場に。足を踏み入れるだけでワクワクするこの建物でプロジェクトを展開するのは、テントハウス・アートコレクティブ&オーブンネットワーク。


「トランスローカル」の概念のもと、参加メンバーと地域コミュニティが関わり合いながらワークショップなどを開催。歴史が息づく建築を舞台に、新たな場を立ち上げる。
また会期中、看板建築というネーミングを命名した建築史家・建築家の藤森照信のレクチャーとともに、⽊造建築の魅⼒を堪能する散歩ツアーも実施。看板建築を通してまちの記憶から東京の基層⽂化を味わえるだろう。

エトワール海渡 リビング館
7階建ての会場では、様々なアーティストが作品を発表。

3階の写真プロジェクト「Tokyo Perspective」は、7組の写真家、アーティストが東京を歩き、「まちの今」を写真に収め、そのオリジナルプリントを展示。参加作家は、畠山直哉、片山真理、港千尋、中村政人、SIDE CORE、鈴木理策、豊嶋康子。さらにネット上のデジタルマップで、その撮影地点を公開し、鑑賞者がそこを訪れて実際の風景に対峙できるようになっている。



そのほか、世界各地の芸術祭で作られるオリジナルトートバックを収集したLPACK.、機械仕掛けの緊張感あるインスタレーションを発表したチュオン・クエ・チー&グエン・フォン・リンなど、ユニークな作品が展示されている。


「さんぽ」を通したアート鑑賞に導く「東京ビエンナーレ2025」。歴史や文化、人との新たな出会いが、東京の街で生まれるかもしれない。
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)